“うつ”で“ゲイ”なysyの【備忘録】

大阪に住む『ゲイ』で『うつ』いろいろマイノリティーな男(35歳)の備忘録

水割りとカミングアウト - このブログを書いている奴の正体は…② (ysy#33)

水割りとカミングアウト

まえがき

こんにちは。ysyです。

以前書いた下記の記事が比較的好評だったようですので、もう少し詳細を書きたいと思います。

ysy91878124.hatenablog.com

僕の過ごした10代の頃の経験は随分奇異なものでした。

 

小学高学年ごろから比較的ネグレクト的な環境におり、中2から実家でひとり暮らし。情調不安定な日々を過ごしておりましたが、高3の頃決定的に打ちのめされることが…

 

今回はそのことを書きたいと思います。

 

ちなみに高3の頃はこんな感じで過ごしていました。

以下直リンク

このブログを書いている奴の正体は… (ysy#27) - “うつ”で“ゲイ”なysyの【備忘録】

 

今回の記事は、あまり明るい記事ではないので、気分じゃない方は申し訳ないです。

不安定な僕と母のような彼女との出会い

高校2年生から自殺未遂やODを繰り返していた僕。

通っていたメンタルクリニックの医師も「親御さんの協力が必要」と判断し、父に何度か連絡をし、積極的に関わるように伝えていたようでした。

 

しかし、恐らく自信のない父。自分ではどうすることもできない…。

きっとそう感じたのでしょう。

 

 父は友人が多く、たくさんいる友人の中に元々水商売をしていた通称「あーちゃん」という当時50歳ぐらいで低音ハスキーボイスの女性がいました。

 

彼女は機能不全に陥った家庭で育ち、闇を抱えた青少年を更生させることをライフワークにしている感じの女性でした。

 

突然彼女を紹介される僕。

え?誰この人?

というのが第一印象でしたw

 

あーちゃんは優しく、なんでも悩みを聞いてくれて、生まれて初めて串かつをご馳走してくれたり、料理を振舞ってくれたり…本当は絶対ダメなのですが…水割りの味を教えてくれたり…

結構ぶっ飛んだタイプの女性でした。

彼女との日々

 そんな彼女の家に気づけば毎週末通うようになりました。

 

あーちゃんには実の娘がおり、あーちゃん曰く彼女には他人の心を読む力があるのだとか…。

 

正直そういうのは、半信半疑な自分でしたが、あーちゃんの娘はとにかく不思議な人で、僕の考えを読まれることもしばしば。

(※ただ表情を読んでいただけかもしれませんが…)

 

あーちゃんの娘さんは結婚しており、あーちゃんとは別居していましたが、度々あーちゃんの家に来る感じでたまに顔を合わせました。

 

あーちゃんには夫はおらずは、お母さん(当時7~80歳ぐらい)と同居していました。そして、虐待を受けていて苦しんでいたところをあーちゃんに助けてもらったという、30歳の男性も、たまにあーちゃんの家を出入りしていました。

 

とにかく、にぎやかでおもしろいお家でした。

なので僕は、頻繁に彼女の家をたずねていました。

夏休み

高3の夏休み。
あーちゃんの家は甲子園球場のすぐそばにあります。

 

夏休みの間、僕はあーちゃんの家に下宿することになりました。
そして日中は甲子園球場で高校野球を観戦するお客さん相手にジュースを売る「売り子」といわれるバイトをしました。

 

売り子は甲子園球場のバックヤードの一角に拠点があり、そこで売れてなくなったドリンクを補充したり、売り上げを店主に渡したりしていました。

 

個人商店も含め何社かが拠点を置いていました。

 

僕はコカ・コーラ社の飲み物を売るお店に籍を置いていました。

つめたーく凍ったアクエリアスはいかがですかー?

と大きな声を張り上げながら、甲子園球場の客席を歩き回ります。

 

「兄ちゃんこっち!!こっちや」と呼びかけられれば、急な階段をひとつ飛ばしするぐらいの勢いでお客のところへ駆けつけます。

 

今思えば、あんなに日に焼けたのは人生で初めてかもしれません。

白い肌が日を追うごとにに黒くなっていきました。

 

毎日、在籍しているお店の中で売り上げが良かったスタッフには、何かご褒美がもらえるのですが、僕はよく売り上げ1位になり、CokaColaと印字されたTシャツなど色々なグッズをもらいました。

青地にAQUARIUSと白文字で印字されたTシャツは、正直あんまりだったけど、赤字にCokaColaと書かれたTシャツはまぁまぁカッコ良かった記憶があります。

 

あーちゃんにTシャツをプレゼントし、ご報美もらった経緯を話すととても喜んでくれました。

 

外に出て身体を動かすと気持ち良いやろ?部屋に篭ってグズグズ考えたらあかん!わかった?

そう笑顔でやさしく教えてくれました。

当時の彼氏との出会い

そんな夏を終え、秋に差し掛かるころ、ある男性を好きになり交際を開始します。

どちらかというと僕がのめり込んだ感じでしょうか。

 

今思えば、恐らく彼にとって僕は遊びだったのでしょうが…w

僕にはその頃、人を見抜く力がほとんどなかったように思います。

 

そして、気づけば彼の家に入り浸ることが増えていきました。

学校やバイトも彼の家から通ったりしていました。

 

だって家に帰っても一人で寂しいから。

家に帰っても誰もいない…

ただ母の入院費や父の会社関係、母が衝動買いした何かよく分からないものの督促状の山があるだけ…。

 

だったら好きな人の家にいた方がいいや…と少し依存していたように思います。

カミングアウト

めっきりあーちゃんの家に顔を出さなくなった僕。

あーちゃんとしてもさすがに様子が変ったことに気づいたのでしょう。

あんた最近顔出さへんけど、どないしてんの?

と電話がありました。

 

あーちゃんは、口ごもる僕に「彼女でもできたんか?別に隠さんでもええやんか」と言います。

 

本当のことを言おうかどうしようか…迷う僕。

 

そのときにふと、あーちゃんとあーちゃんの娘さんと僕の3人で食卓を囲んでお話をしたことを思い出しました。

 

娘さんは僕のことを「ずいぶん中性的な子」と良い、あーちゃんは馬鹿にするでもなく軽く面白おかしい感じで「あんた、オカマとちゃうやろな?」と冷やかす感じで聞いてきたことをです。

 

そんなに批判的な感じでもなかったし…カミングアウトしても良いかな?

 

そう思い、ことの一部始終を話します。

 

どういうわけだか、あーちゃんの相槌の声が「うん、うん…うん…」と間を空けて暗い感じになっていきます。

 

僕が大体のことを話し終えると、彼女はこのように話しだします。

 

「私、ホモとかそういうの大嫌いやねん。大体、生き物としておかしいやろ?ホモとホモで子供が生まれるわけないし、神様はそんなふうに人をつくってないはずや」

 

そして…

「あんたSEXしたんとちゃうやろな?エイズなんで。そんな子と鍋つっつき合ってたなんてゾッとするわ」

「もう二度と家にはこんといて。変な病気持ち込まれたらおばあちゃん(彼女の母)もいるし困るし。もう二度と顔見たない」

…と言われ電話が切れました。

 

ゲイであることを自覚してから、ゲイである自分にとっては、最もショックな出来事でした。

“奈落の底に突き落とされるような思い”

という言葉だけでは不十分なほどの絶望を感じました。

余談

その後、その彼とは見事に自然消滅しました。
彼と付き合っている間、猫を飼っている友達の家によく遊びに行っていたのですが、その影響かネコアレルギーを派手なかたちで発症

顔や腕などが真っ赤に腫れ上がり、その容姿に彼はきっとドン引きしたのでしょうw

 

あ、話がそれましたが…w

カミングアウトについて思うこと

今から20年ほど前の話ですから、彼女に知識がなかったのは仕方ないです。

彼女を恨む気持ちはありません。

 

ただ、「今あーちゃんはどうしてるかな?」と考えることは、たまにあります。

とても良くしてくれたから。

 

正直なところ彼女の本名も忘れてしまったのに不思議なものです…。

 

僕にとって、セクシュアリティを隠しながら生きることは、とても窮屈な感じがします。

だから「カミングアウトをしようかな?」と考えることも多いです。

ただ、この一件以降つねにカミングアウトをする際に彼女のあの言葉、あの声が脳裏をかすめます。

 

最近、彼氏がお母さんにカミングアウトをしたようなのですが、その場の会話の流れでカミングアウトをした…と聞いてひやりとしました。

 

今は21世紀ですが、カミングアウトで両者ができる限り最大限傷つかないよう、どう話すか?分かってもらうか?と事前に考えることが必要だと僕は思います。

 

もし今、親や家族にLGBTでカミングアウトを考えている人がいるならば、下記のページをぜひ参考にしてほしいです。

かなり的を得た、正しい情報だと感じます。

lgbt-family.or.jp

身のまわりにカミングアウトを考えている人がいる方も、ぜひ上記のページにある情報を教えてあげてください。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

それでは、また!!

 

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